「カーリング、9エンドの戦術の考え方」は正しかったのか?

「AIじりつくん」のカーリング勝率テーブル

 「AIじりつくん」というTwitterアカウントで、カーリングの勝率テーブルが公開されています。過去の試合結果を集計して、ある残りエンド数・点差・先攻/後攻である場合に、その試合を何パーセント勝っていたかを表にしたものです。

 この表を使うと、例えば、試合開始時の後攻の勝率は何パーセントか? 9エンド1点ダウンの後攻は、2点取りとブランクのどちらを選択した方が良いのか? などを調べることができます。

 9エンドの選択と言えば、自分は以前「9エンドの戦術の考え方」という記事を書いたことがあります。

y-koutarou.hatenablog.com

 僅差の9エンドでどのような狙いで試合を進めるのが良いのか、9エンドはそれまでのエンドとは点数の価値が大きく異なる場合がある、ということを書いた記事です。しかし、この記事での勝率は自分の観戦体感に基づいて書いたので、主観的でいまいち根拠に欠けました。

 「AIじりつくん」の勝率テーブルを見れば、自分の考えていた9エンドの戦術が正しかったかどうかわかるじゃないか。というわけで調べてみます。

勝率テーブル(先攻/後攻まとめ版)

 まず、後攻と先攻の勝率テーブルは1つの表にまとめた方が見やすいと思ったので、そのような表を作ってみました。*1

勝率テーブル(先攻/後攻まとめ版)

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カーリング勝率テーブル(先攻/後攻まとめ版)

 まず、試合開始時の後攻の勝率を調べてみましょう。試合開始時ということは、残りエンドは10*2、点差は0です。よって、縦は左端の「10」の列、横は「0」の「後」の行を見ます。すると、後攻の勝率は60.4%であることが分かります。試合開始の時点で後攻の勝率が60%以上あるというのは、注目すべき点です。

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勝率テーブル:部分図

 次に、1エンドがブランクになった場合の後攻の勝率を調べてみます。点差は0のまま、先攻後攻も変わらないので、すぐ右の列を見れば良いことになります。勝率は61.5%です。ブランクにすると少しだけ勝率が上がることが分かりました。

 そして、2エンドは後攻が1点取ったとしましょう。1点アップになりますが、1点取ったので先攻になります。したがって右上の「+1」の「先」の行を見ます。勝率は58.0%。後攻が1点取ると勝率が少し下がることが分かります。

 逆に、2エンドは先攻に1点スチールされた場合の勝率はどうなるか? 1点ダウンになったので点差は-1、点を取られたので後攻のままです。右下の「-1」の「後」の行を見ると42.0%。1点スチールされると、1点取らされた場合と比べても勝率を大きく落とすことが分かります。

後攻の勝率変化表

 表をもう1種類作りました。ある点差の後攻が、どの残りエンドで・何点取ると(取られると)勝率がどれくらい変化するかを、勝率テーブルを見て計算して表にしたものです。

 表は後攻から見て1点アップ・同点・1点ダウン・2点ダウンの4種類作りました。横がそのエンドを終えての残りエンド数、縦が後攻が取った点数です*3

後攻の勝率変化表:1点アップ

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後攻の勝率変化表:1点アップ
後攻の勝率変化表:同点

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後攻の勝率変化表:同点
後攻の勝率変化表:1点ダウン

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後攻の勝率変化表:1点ダウン
後攻の勝率変化表:2点ダウン

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後攻の勝率変化表:2点ダウン

 例えば、試合開始直後(=同点)の1エンド(=残り9エンド)の後攻は、ブランクにすると勝率が1.1上がる*4、2点取ると12.7上がる*5、1点取らされると5.7下がる*6ことが分かります。

 この表を見ると、その得点を取ることの価値がどれくらいか、またその価値が他の点差・エンドと比べて大きいか少ないかが分かりやすいと思います。

「9エンドの戦術の考え方」の内容は正しかったのか?

 以上の表を使って、「カーリング、9エンドの戦術の考え方」で書いたことが正しかったかどうか調べてみましょう。

序盤~中盤はやはり原則通り

 序盤~中盤のそれほど点差が離れていないエンドについて、「9エンドの戦術の考え方」では次のように書きました。

  • 後攻:2点取り > ブランク > 1点取り > 1点スチール
  • 先攻:1点スチール > 1点取らせ > ブランク > 2点取られ

 この原則が正しいことは、勝率テーブルからも読み取れます。ほとんどのエンド・点差で、後攻にとっては1点取りよりブランクが、ブランクより2点取りが勝ります。極めて少数の例外*7を除いて上記の関係が崩れることはありません。

 というわけで、この点に関しては自分が思っていたとおりでした。

10エンド1点ダウンの後攻は結構不利

 しかし、10エンドの状況は自分が思っていたものとは違いました。「9エンドの戦術の考え方」では次のように書きました。

10エンド同点の後攻が勝つ確率は2/3~3/4という感覚です。
  • 10エンド同点なら後攻有利
  • 10エンド後攻1点ダウンなら互角
  • 10エンド後攻2点ダウンなら先攻有利

 まず、10エンド同点の後攻の勝率が自分のイメージと異なりました。勝率テーブルによると、10エンド同点の後攻の勝率が75.0%もあります。「2/3~3/4」と書いた上限ぎりぎりです。思ったより高いという印象です。

 そして、後攻1点ダウンは先攻・後攻とも互角という点も、勝率テーブルによると違いました。

  • 10エンド1点ダウンの後攻:42.3%
  • 10エンド1点アップの先攻:57.7%

1点アップ先攻の方が有利というデータです。しかも、結構大きな差があります。これは意外でした。

 なお、「2点ダウンの後攻」と「同点の先攻」の比較では、次のように書きましたが、

「2点ダウンの後攻」より「同点の先攻」の方が有利です。
  • 10エンド同点の先攻:25.0%
  • 10エンド2点ダウン後攻:14.5%

2点ダウンの後攻より同点の先攻の方が勝率が高い。これについては、自分が思っていたとおりでした。

9エンドの戦術にもズレが……

 これに伴い、9エンドの戦術の話も修正が必要になります。「9エンドの戦術の考え方」では、9エンド同点の場合について、次のように書きました。

9エンド同点

後攻:2点取り > ブランク >>> 1点取らされ = 1点スチール
ブランクの価値が高い。2点取るのも良いが、ブランクでも十分有利。1点スチールは怖くない。
先攻:1点スチール = 1点取らせ >>> ブランク > 2点取られ
狙いはほぼ1点取らせのみ。スチールの価値が低い。

要するに、同点の後攻はブランクの価値が高く、1点スチールされても問題ないという事です。

 しかし、勝率テーブルによると、9エンド同点の後攻の勝率は次のようになります。

  • 2点取り:85.5%
  • ブランク:75.0%
  • 1点取らされ:57.7%
  • 1点スチール:42.3%

 ブランクの価値が高いのは確かですが、2点取りの価値もブランクより十分高いように思えます。また、1点取らされと1点スチールを比べても、1点スチールの方が十分痛いように見えます。

 後攻の勝率変化表を見ても、同点の残り1エンド(=9エンド)をブランクで終えると+9.0となっています。8エンドのブランクはわずか+0.1ですし、それより前のブランクも高くても+3くらいなので、9エンド同点のブランクの価値が高いのは確かです。しかし、同じエンドで2点取りなら+19.5。ブランクの+9.0よりかなり大きいです。

 また、1点取らされは▲8.3と、それまでのエンドと比べてマイナスが大きいのは確かですが、1点スチールは▲23.7とそれ以上に大きい。「1点スチールは怖くない」は言い過ぎのように思えます。

 1点ダウン後攻の場合も似たような感じです。「9エンドの戦術の考え方」の記述は以下の通りです。

9エンド後攻1点ダウン/先攻1点アップ

後攻:2点取り = ブランク >>> 1点取らされ > 1点スチール
狙いはほぼブランク。2点取りのメリットがない。
先攻:1点スチール > 1点取らせ >>> ブランク = 2点取られ
1点スチールか1点取らせ。2点取られは怖くない。

後攻は2点取りの価値が低く、ブランクの価値が高いと思っていました。しかし、9エンド1点ダウンの後攻の勝率は、勝率テーブルによると次の通りです。

  • 2点取り:57.7%
  • ブランク:42.3%
  • 1点取らされ:25.0%
  • 1点スチール:14.5%

 ブランクにして1点ダウンの後攻を維持するよりも、先攻になってでも2点取って逆転してしまった方が勝率が高くなります。「2点取りのメリットがない」なんてことはありません。

 また、先攻としても1点取らせの価値は高いですが、簡単にブランクにできるところを、1点取らせを狙って失敗して2点取られてしまう損もそれなりに大きいです。1点取らせのチャレンジをする場合は、成功率を考える必要があるということになります。

 総じて、勝率テーブルから読み取れることは、カーリングの後攻・先攻の狙いの原則――

  • 後攻:2点取り > ブランク > 1点取り > 1点スチール
  • 先攻:1点スチール > 1点取らせ > ブランク > 2点取られ

――は、ほとんどの場合に有効であるということです。多少の違いは生じますが、極端に大きな違いはない。後攻は2点取りを狙う。できないならブランクを狙う。先攻は1点取らせ、できれば1点スチールを狙う。接戦の終盤でも、この原則は変わりません。

その他の勝率テーブルから読み取れること

 これまで見てきた以外で、勝率テーブルを見て思ったことをいくつか書きます。

「偶数エンドの後攻を持つと有利」は本当か?

 よく「偶数エンドの後攻を持つと有利」と言われます。お互いに後攻で得点を取るとすると、交互に後攻エンドが回ってくる。すると、偶数エンドで後攻を持つ方が後攻エンドが1回多くなり、より多く得点できるということです。

 偶数エンドで後攻を持った方が有利ということは、後攻にとって、奇数エンドをブランクにする価値が高い、また偶数エンドで得点を取る価値が高い、となっているはずです。

 後攻の勝率変化表を見ると、確かにそう読み取れる部分もあります。例えば、1点ダウンの表の0点(ブランク)の行を見ると、ちょうど残り5・3・1エンドではプラス、残り4・2エンドではマイナスになっています。つまり、5・7・9エンドをブランクにして偶数エンドを後攻で迎えると勝率が上がるが、6・8エンドをブランクにして奇数エンドを後攻で迎えても勝率は下がるということです。

 また、同点の表の1点取りの行でも、残り4・2エンド=6・8エンドで1点取っても勝率の減少はわずかですが、残り3・1エンド=7・9エンドで1点取ってしまうと6・8エンドで1点取るよりも大きく勝率が下がります。

 しかし、偶数エンドか奇数エンドかによる勝率変化の差は、それほど大きくありません。そして、偶数エンドでも奇数エンドでも、2点取れば勝率は大きく上がります。例えば、1点ダウンの後攻の9エンドをブランクにすると+7.0。これはブランクによる勝率アップとしては大きな数字ですが、しかし、同じエンドで2点取れば+22.4。ブランクよりもかなり大きいです。その他の部分を見ても、どのエンドでも2点取ると、ブランクや1点取りの場合と比べて勝率は大きく上がります。

 こう見ると、結果的に偶数エンドが後攻になるのは悪くありませんが、それを積極的に狙うほどの大きな得はないように思えます。たとえば、奇数エンドの後攻だからといって、2点取る可能性をなげうってまで最初からブランク狙いに行くのは、損をしている可能性が高いと思います。

8エンド同点のスチールは価値が高い

 そんな中、大きな違いがあると言えると思うのが、同点の表の残り2エンドの-1点。つまり、8エンド同点の1点スチールです。▲30.6(先攻から見れば+30.6)という大きな勝率変化になっています。1点取らせでは▲1.2ですので、表の他の部分と比べてもその差は大きいです。同じ8エンドスチールでも、同点以外ではそこまで大きな差はありません。

 8エンドを同点で迎えた先攻は、1点取らせで満足せず、何が何でもスチールを狙う価値は十分あると思います。逆に、後攻は悪くても1点は取る。とにかくスチールは避けたい。

 また、8エンド1点ダウンの後攻も似たような数字になっています。2点取りは+23.7、ブランクは▲5.7なので、2点取りの価値がすごく高い。ブランクでは不十分。

 9エンドを迎えた時点で、先攻なら1点リード、後攻なら同点。ここがその試合を勝てるかどうかの境目のスコアという事でしょう。*8

やっぱりスチールは痛い

 後攻の勝率変化表のほとんどの部分で、スチールされると後攻の勝率は大きく下がります。やはり後攻にとってスチールされるのは痛いことがわかります。

 5ロックルールになって後攻の価値が高くなったと考えると、1点スチールして不利な先攻のままでいるよりも、1点取らせて後攻になって次に3点以上を狙う方が良いのでは?と思うこともありました。しかし、表から読み取れるデータではそんな事はありません。序盤でも終盤でも、勝っていても負けていても、スチールできるならスチールするに越したことはないということです。

本当にこの勝率なの?

 ここまで書いてきましたが、本当にこのデータは実際の試合の勝率を表わしているのか?という疑問は少しあります。

 先日まで行われていた北京五輪男子準決勝のスウェーデン-カナダの試合の中継の中で、こんな場面がありました。8エンドを終えて、4-3でスウェーデンリード。9エンド後攻はカナダ。つまり、9エンド後攻1点ダウンという状況です*9。解説は両角友佑。実況はTBSの熊崎風斗。

実況「9エンド目カナダが点数を取ると今度10エンド目スウェーデンが後攻になると考えますと、カナダはここ確実に複数得点ですよね?」
両角「もしくは、ブランクという手もありますね」
実況「はあー! なるほど」
両角「要は、複数得点が取りやすい後攻であれば、1点ダウンの状態で最終エンドを迎えるというのも選択肢の一つに入ってくるので」
実況「なるほど」
両角「逆に言うと、いま5ロックルールというのになってから、1ダウンで最終エンドを後攻で迎える方が、いいって思ってるチームもいるので。逆にここで2点を取ることによって、自分が1ダウン(筆者注:アップの言い間違い)の先攻になってしまう方が不利と捉えるチームの方がいま多いんですよね」
実況「そういうことなんですね」
両角「なのでここは複数得点を狙うよりも、おそらく気持ちはブランク側に……をしたいという思いの方が強いのではないかと思いますね。
 逆に言うと、スウェーデンはここ2点取られてもいいので多少無理できるんですよね」

 実際、このエンドのカナダはテイクを多用する守備的な戦術で、解説通りのブランクになっています。

 勝率テーブルによると、先にも紹介したとおり、10エンド1点アップの先攻の勝率は57.7%、1点ダウンの後攻の勝率は42.3%。両角解説によると、1点アップの先攻の方が不利と考えるチームの方が多いという話ですが、勝率テーブル上はそうなっていません。これは、選手たちの感覚の方が正しいのか、この勝率テーブルを見たら考えが変わるのか、あるいは違うデータを見ているのか。*10

 冒頭に紹介したAIじりつくんのツイートによると、この勝率テーブルは「女子トップチームの過去3シーズンの2000試合以上」を調べた結果だそうです。2000試合というのは十分な試合数のようにも思えますが、勝率テーブルを見ると、理屈の上ではおかしな部分がいくつかあります。例えば、「残り1エンド同点(=10エンド同点)」と「残り0エンド同点(=エキストラエンド)」は勝ち負けの条件は同じなので、勝率は近い数字になるはずです。しかし、残り1エンド同点の勝率は75.0%、残り0エンド同点の勝率は81.5%、無視できない差があるように思えます。この差はサンプル数を増やせば解消するのでしょうか?

 ただし、サンプル数を増やそうとする場合は、問題が1つ。カーリングはルールが変わることです。少し前には、2018-2019年シーズンからフリーガードゾーンのルールが4ロックから5ロックルールに変更されたという事がありました。当然、変更前と変更後では、戦術選択やその結果、勝敗に変化があったことでしょう。

 そして、2022年の世界カーリング選手権(女子は3月19日から、男子は4月2日から)では、ウィック禁止ルール(センターライン上にある石は、フリーガードゾーンルールが明けるまでセンターラインから外してはいけない)が採用されるそうです。

 ということは、これからデータの取り直しをする必要があるということですか? データを集めるというのも本当に大変なことです。

*1:残り0エンド・-1エンドで点差がある場合の勝率を入れています(100%か0%)。

*2:10エンド制の試合の場合。以下、この記事では試合は10エンド制であることにします。

*3:なお、ほとんどの場合で1点取るよりブランクの方が勝率が高くなるので、「0」の行を「1」の行の上に配置しています。

*4:60.4%→61.5%。

*5:60.4%→73.1%。

*6:60.4%→45.3%

*7:例えば、2点ダウンの残り8エンドの後攻は、ブランクにすると22.2%、1点取ると27.7%なので、1点取る方が勝率が上がるということになっています。また、当然ながら、残り1エンド同点の後攻は、ブランクよりも1点取る方が勝ります。

*8:なお、8エンド同点の後攻は、ブランクにできるところを1点取る必要はありません。9エンド1点アップの先攻より、9エンド同点の後攻の方が勝率は(少しですが)高いので。

*9:次のリンク先で試合動画を見ることはできますが、紹介した解説部分は含まれていません。

*10:男子と女子では異なるということもかも知れませんが。