『バルサスの要塞』の謎?

 『バルサスの要塞』の謎というか、『ファイティング・ファンタジー・コレクション』の『バルサスの要塞』をプレイした感想 & メモ集です。

 かなりネタバレなので未プレイの方は注意して下さい。

飲める液体?

 食料貯蔵庫でのイベント。97番で喉が渇いてしまって「液体で飲めるものが見つかるまで」技術点-1というシーンがあります。この液体は選択肢で存在している必要はなく、(液体が)「部屋に存在している記述があるだけでよい」という特殊な処理になっています。選択肢に関すること以外で文章を注意して読ませる面白い仕掛けです。

 ……と思ったのだけど、この処理があまりうまくいっていないような……。このあと飲める液体ってあまり出てこないんだよね。397番の監房の食事と、56番と242番のワインくらいしか見つからない。

 359番の完熟したトマトは喉を潤すほどでは……。13番のスープはとても飲む機会がない。235番の魔法の飲み薬をここで飲むのは? 下水はダメだよねえ……。

 58番の記念碑の杯は印象に残るシーンだがもちろんこれより前だし、385番のエールが喉が渇いた後は通らないシーンなのが惜しい。

 そう言えば、56番で意味ありげにワインの壜を持って行けるけど、この後使うシーンないですよね。

次に魔法を使う機会?

 何かと難しい処理の多い食料貯蔵庫。313番で〈沈黙の果実〉を食べたことにより「次の呪文の選択肢があっても無視する。その後、きみは正常に回復する」とありますが、これは「呪文を使うか?」という選択肢があれば回復するのか? それとも、具体的な呪文名が書かれた選択肢がある必要があるのか?

 この解釈はとても重要です。なぜなら、このあと監獄送りになった場合の生死に関わるからです。前者の解釈なら、397番で「この状況から脱出できそうな呪文をかけようとするか」を選択できない(193番に行けない)ことにより回復するので、このあと69番を経由して193番で呪文を使うことができます。ところが後者の解釈だと、193番で初めて呪文名の選択肢が登場するので、呪文を選べず283番のENDになってしまいます。*1

 さて、どちらの解釈が正しいのでしょうか?

オシェイマスの口調?

 『バルサスの要塞』で最も印象に残るシーンである(断言)210番、レプラコーンのオシェイマスとの出会い。社会思想社版では一人称が「あっし」だったのですが、『コレクション』版では「ぼく」になっています。

 これは思い切った変更。たしかに、オシェイマスはいたずら小僧のイメージで「ぼく」の方が自然というのは言われてみればそうですが。でも、「あっしはレプレコーンのオシェイマスでさ!」ゲームブック界の決まり文句だったからなあ……。

オシェイマスの論理クイズ?

 68番。3つの扉を前にして、オシェイマスに助言を頼んだ時の返答。

「銅の取っ手の左にある二つ目の扉は選ばないし、青銅の右手にあるやつも取らないよ」*2

 選択肢は真鍮・銅・青銅の3つ。

 ……いかにも論理クイズっぽい内容だが、よく考えると意味が分からない。そもそも3つの扉の並び順が書かれていないし。選択肢の順番だとしても、存在しない扉を指していることになったりして解釈のしようがない。実際、この選択って(2回とも)どれを選んでも大差ないし……。オシェイマスのいたずらの一環と考えるのが妥当か……。

魔法のお守りは……?

 102番で「斥候人」*3からもらえる〈光の宝石〉が埋め込まれた「魔法のお守り」。多くのプレイヤーが苦労するガンジーの部屋を通過できるアイテムで、要塞奥深くにある上に、いくつかの選択肢を経た上で意味ありげに渡されるので、いかにも重要アイテムだと思わせられます。

 しかし、実はここを通るともう一つの難関であるバルサスの部屋の回転錠の番号が入手できないというトラップルートでもあります。当時、これを先に見つけたが故に、このルートにこだわって苦労したプレイヤーは多かっただろうと推測します。

 というか、自分もこちらが正解ルートだと思っていたのだけど……。社会思想社版はクリアしたはずなのに、もう一つのガンジーの部屋の通過アイテムはまったく記憶から抜け落ちていた。『タイタンふたたび』の知識と混ざっていたのかもしれない。

魔法のお守りのお返し?

 もう一つ、魔法のお守りについて。

 102番で魔法のお守りをもらった際に、金貨か魔法の品*4を代わりに渡すように促されます。

 『コレクション』版ではお返しを渡さない場合は「お守りを相手に返して二七〇へ進む」と書いてあるのですが、社会思想社版では「お守りを相手に返して」という指示がないので、お返しをしなくても270番へ行けます。これは大きな違い。なんでこんな差が生じたんだろう?

 『コレクション』版の方がゲーム的には自然な処理だし、正しいのだと思うけど、社会思想社版の、何かお返しをしても(しかも、金貨をあげる場合と品物をあげる場合で経由するパラグラフが異なるという手の込んだ構成で)「君は友を得たのだ」となるだけ、という方が好きだなあ。

魔法合戦?

 バルサスとの戦いはこんなにパラグラフ数使ってたんですね。社会思想社版をプレイした時は記憶から抜け落ちていました。次々と魔法が飛びかい、目まぐるしく展開が変わる戦闘で、いかにも魔法使い同士の決戦という感じで格好いい。こんな名シーンがあったとは。と思って一つ一つパラグラフを追うフローチャートを作ってしまったのは前回書いたとおり。

y-koutarou.hatenablog.com しかし、この名シーンがゲーム上はあまり生かされていないのがもったいない。最善手(剣での戦いではなく)を選ぶと中盤パートをすっ飛ばして、大してパラグラフ数を通過せずに倒せるので、逆にあっさりとしたという印象さえありました。しかも、そんなに難しい選択ではないと思う。今回、『コレクション』版をプレイしたときも、一発でそのルートを通りました。その魔法が残っていれば比較的選びやすいルートじゃないかなあ。社会思想社版をプレイした時もそのルートを通ったから印象に残っていなかった気がする。

警報とは……?

 86番。冒頭の正門の衛兵との戦闘で《浮遊》を使うと要塞内に侵入できるが、以下のように警告されます。

しかし、気をつけよう!二体はきっと、要塞の衛兵に警報を伝えるだろう。

 いかにも、今後の展開が厳しくなるような書き方だが、しかし実際はこれによるペナルティはまったくない。こけおどしに過ぎない。技術点-1とかの処理があっても良かった気がするけど……。

携帯如意棒?

 272番。酒倉の黒エルフから入手できる〈携帯如意棒〉*5。面白そうなアイテムですが、活躍シーンはあまりない。ヒドラの部屋を抜けられる数少ないアイテムですが、成功率は3分の1で失敗するとEND。バルサスとの戦いでは技術点+4(!)の〈太陽の剣〉に変身しますが、これはゲームブック界随一のがっかりアイテムといっても良いでしょう。ミクにあげるのが一番の働き所という不遇のアイテム。

壜の中のクモ男?

 アイテムと言えば、印象深いのが89番で入手できるクモ男のはいった壜。入手するのに結構苦労する上、比較的通りやすいルートにあるので入手する機会が多く、使う機会も多いのですが、その使用機会すべてでまったく役に立たず、むしろマイナス効果のことが多いというとんでもないアイテム。つーか、そもそもこれって何なの?

空き項目?

 258番はどの番号からも来られない「空き項目」です。『火吹山の魔法使い』の192番も空き項目でしたが、『バルサス』の258番は他のパラグラフでは見ない描写がしっかり書かれているので興味深い。内容的には、3番に「他の物をあげるなら二五八へ」という指示があったのが削除されたと考えるのが妥当か?

誤植?

 35番と365番に〈幻覚〉と書かれているが、呪文の名前は《幻影》です。誤植だと思うけど、呪文名は二重山括弧なのに、〈幻覚〉は2箇所とも山括弧なのが気になる。

*1:呪文が使えないのは一時的なはずなのに、永久に監獄から脱出できないというのも理不尽ですが……。なお、監獄送りになった直後にカラコルムに話しかけると、どちらの解釈でも193番が最初の呪文を使う機会になるのでENDが確定してしまいます。

*2:ちなみに社会思想社版では「あっしなら銅の把手の扉から左へ二つ目の扉は避けるし、青銅の把手の右側のもやめとくな」となっている。

*3:社会思想社版では「付人」。

*4:「魔法の品」(「アーティファクト」とふりがなが振ってある)というのは、魔法と関係がある品という意味ではなく、単に冒険中に入手した品と解釈するのが妥当でしょう。社会思想社版では「他で見つけた品物」となっています

*5:社会思想社版では「携帯用万能棒」。