ミュアヘッドのラストストーン

平昌五輪カーリング女子3位決定戦のあの場面

女子3位決定戦イギリス赤-日本黄10E赤16前の局面

 平昌五輪カーリング女子3位決定戦。イギリス-日本。10エンド。スコアは3-4でイギリスの1点ビハインド。ラストストーンの投球前で、ナンバー1は10時の赤なのでこのままでもイギリスは1点取れているが、イギリスのスキップ、イブ・ミュアヘッドはラストストーンで2点を取りにいく。やや速めのウェイトで放たれたショットは1時の黄にあたる。複雑に石が動くが……、

黄が中央にに転がり込んできて黄がスチール

石崎琴美「あっ!」
実況「ナンバー1は、日本だー!」

黄が中央に転がり込んできてナンバー1。日本が1点スチールで日本勝利、銅メダル獲得となった場面でした。

女子3位決定戦 イギリス - 日本
チーム名 H 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
イギリス 1 0 1 0 1 0 0 0 0 0 3
日本   0 1 0 1 0 0 0 1 1 1 5

 ところで、このラストストーンでミュアヘッドは何をやろうとしていたのか? 自分は中継を見ていた時はわかりませんでした。それは実現可能な手なのか? その難度は? 他の手はなかったのか? いろいろな可能性が考えられる場面で、試合後にさまざまな話が出てきました。

 というわけで、この場面に関する記事や選手のインタビュー、カーリング選手の見解などを集めてみました。

ミュアヘッドの狙いは?

黄を2つダブルテイクしてシューターはなくなるが赤は2つ残る

 次の項目で紹介するように「薄すぎた」と言う人が何人もいますので、狙いは左図だったのは間違いないでしょう。黄を2つテイクアウトしてシューターはなくなるが、7時の赤はそのままで10時の赤も残る。

 この手のときに自分が素人目に思った疑問は、「1時の黄が7時の赤に当たらないの?」というのと、「10時の赤がロールしすぎて11時の黄より外に行かない?」ということです。前者についてはそもそも当たらない。後者についてはその可能性はあるがウェイトが速すぎなければ十分残る。ということのようです。

 Twitterで図入りで解説している方がいましたので紹介します。

どのくらい薄すぎた?

 狙いから薄く当たりすぎて失敗したわけですが、具体的にはどれくらい薄かったのか? 人によってやや意見が分かれています(強調と末尾の著者名・発言者名は引用者が付け加えました)。

「あの石があと1センチ曲がっていたら、私たちが銅メダルを首から下げていた」(イブ・ミュアヘッド(Eve Muirhead))

わずかにミスになり、日本が1点をスチールしたが、もう5センチ石が曲がっていれば、英国が2得点して銅メダルを取っていたはず。(岩永直樹)

あと数センチずれていれば銅メダルは英国選手の首に掛かっていたはずだ。(西室淳子)

ミュアヘッドの最終投は狙ったラインよりだいぶ外側にずれた。痛恨のミスショット。(阿部晋也)

狙いよりも外側に薄く当たってしまった。半分くらいで当てたかったんですけど3分の1くらいで薄く当たってしまって。(どのくらい?)2~3センチくらいですね。(柏木寛昭)

  • 「あさチャン」2018/02/26(月)放送

 阿部晋也だけが「だいぶ」という、ややズレが大きいというという表現になっています。あと、1センチから5センチの差は、このレベルのカーラーにとってどれくらいのズレなのかという問題もあります。まあ、数字の大小は著者・発言者の表現の感覚の問題という気もします。

成功率はどれくらい?

 最大の問題は、ミュアヘッドの狙いのショットの難度です。どれくらい決まる見込みがあったのか? 素人の自分の目にはかなり難しいショットのように感じました。

 試合直後に出てきた、実際に試合をしていた両チームの選手・コーチや、カーリング選手の話では、それほど難しくないという見解が大勢でした。

吉田知と「簡単なショットにしちゃったね」と言い合い顔をしかめた。(藤澤五月

(試合後に画面で見たら)かなり危ないな、半分負けたかもしれないと思いましたね。(鈴木夕湖

7・8割はたぶん決まるであろう。いつものミュアヘッド先輩だったら絶対決めれる。(吉田夕梨花

この形を見た瞬間に、吉田知那美と『あっ』と。(藤澤五月

やっちまったと。最後の最後に3センチ4センチ曲がりすぎてしまって。/完全に、相手の2点になるなと正直思った。(吉田知那美

チームがやっちまったという感じもすぐわかりましたし(笑)/ただメダルを取るか取らないかのキーショットになるので、通常であれば決めれると思うんですけど、投げてみないとわからないなというのは半々くらいで思ってました。(本橋麻里

  • 「ひるおび」2018/02/27(火)放送

簡単なショットではなかったが、決められるショットでもあった。我々はうまくいかなかった。(グレン・ハワード)

延長戦にいくと(後攻の)日本がラストストーンを持っているので、英国は逆転を狙ってきたショットでしたが、簡単ではなかったです。(敦賀信人

第10エンドの相手のラストショット。本来ならそれほど難しい場面ではなく《中略》。経験豊富なミュアヘッドがあのようなミスをするなんて、と驚いたが、彼女の手元をわずかに狂わせたのは大舞台の重圧だけではなかっただろう。最後まで諦めないLS北見の姿勢がもたらした銅メダルだった。(西室淳子)

すでに延長が確定していたにもかかわらず最後のショットで日本の石2つを追い出し銅メダルをもぎ取ろうとしたがそれはあまりにも難しいショットだった。 (ジャッキー・ロックハート(Jackie Lockhart))

普段のイブ・ミュアヘッド選手なら100回のうち99回は成功していたショットだったが、彼女はそれをあまりに強く大きく投げ過ぎた。リスクをとったが代償は極めて大きかった。(デイビッド・マードック(David Murdoch))

(このショットは難しい?)そうですね。ただ、難しい中でもとっても難しいわけではなく、少し難しい。強い選手ならできるショット。ミュアヘッドならできる。(目黒萌絵

9割以上決められるショット。(柏木寛昭)

  • 「ひるおび」2018/02/26(月)放送

 ジャッキー・ロックハートが「あまりに難しいショット」、敦賀信人が「簡単ではなかったです」、本橋麻里が「投げてみないとわからない」と、難しめのショットだったという表現になっています。他はおおむね「ミュアヘッドなら決められる」という認識でした。実際、ミュアヘッドはスーパーテイクをばしばし決めてきた選手だからね。

 ところが、少し時間が経つと「実は難しいショットだったのでは?」という意見が出始めます。

【図9左】のストーンの動きはかなり複雑ですが、結果的にLS北見のナンバー2と3の2つのストーンを弾き出すことができると考えられます。「じりつくん」はこのショットを選んだときのイギリスの勝率を26%と考えていました。
《中略》
実は「じりつくん」は、イギリスが狙ったショットでは、【図9右】のように、イギリス(赤色)のナンバー1ストーンも左上に動いてしまい、イギリスにとって2点目となるナンバー2ストーンとなる可能性が低いと考えていたのです。(じりつくん)

 男子カーリング選手が再現したところ、それぞれ何回か試行すると成功したそうです。再現動画がTwitterにアップされています。

 実際のショットより厚く当てると、黄は右下に出て行くけれど10時方向の赤ももっと外に逃げてしまい赤1点しか取れないとか、それでも黄が赤ナンバー1・2になるほどには外に出ない、というパターンになる可能性もあったようです。再現といっても、石の配置がわずかでも違えば結果も異なるだろうし、氷の状態を再現するのはほぼ無理だから、なかなか難しいでしょう。

 当初言われていたような9割以上成功するというほど簡単なショットではなかった、かといって現実的に成功が望めないというほど難しいショットでもなかった、と言うところだと思います。

失敗した場合にスチールになる危険は?

 自分が気になったのは、失敗した場合にスチールになって一気に負けになる可能性はあるとミュアヘッドは思っていたのか?ということです。スチールになる可能性がないと思っていたのなら成功率がどんなに低くてもやるでしょうが、スチールの危険があると思っていたのなら一か八かの勝負に出たということになります。

 実際にスチールになったのだからその危険はあったのですが、その危険の認識はあったのか? その可能性はどれくらいあったのか?

(薄かったらどういう期待がある?)勝ってしまうんではないかと。/(コーチボックスで)薄かったらチャンスだねという話はしていた。(本橋麻里

 本橋麻里はスチールの可能性もあると思っていた。 

 これはスチールの可能性はほとんどないと思っていたという見解。

 再現実験ではスチールになることはなかった。

イギリスが2点を取って勝つ可能性もありますが、LS北見が1点をスチールする可能性もそれなりに高いと判断したのです。(じりつくん)

 「じりつくん」は1点スチールもあり得るとの判断。

 あと、中継で解説の石崎琴美が、黄が中に転がり込んできたときに「あっ!」と驚いた声を上げましたが、これは黄がナンバー1になることは想定していなかったから……と解釈することもできます。

 というわけで、なかなか微妙です。ミュアヘッドが実際にどう思っていたのか気になるところです。

他の手はなかったか?

薄く当てる手はダメ?

黄に薄く当ててきを横に逃がす

 主に素人筋から言われていたのが、薄く当てて黄を図の左方向に横に押し出す手はなかったのか? という意見です。自分もこの手はいけるんじゃないかと思っていました。むしろミュアヘッドが狙ったショットより角度がありそう。

 薄く当てた場合は黄が横に行く力が弱いので、7時の赤をナンバー2にするほど外に行ってくれない、ということのようです。いい手だと思ったのにー。

シューターが残る手はなかった?

シューターが残ってナンバー1・2を作る

 これも主に素人筋から言われていた意見です。実際に図に書いてみるといけそうに思えてくる……。

 ただ、この手に言及したカーリング選手の見解を見つけることができませんでした。というわけで、この手の角度はなかったんじゃないかという気がします。

ドローで2点目を置けば良かったんじゃない?

右側からドローで4フットに置いて2点目を作る

 これは有力な作戦に見えます。4フットの右側にナンバー2で置くスペースはあるように見えます。難しいかもしれないけど、このレベルの選手ならできるんじゃない? 失敗してもスチールになる危険はないように見えるのもこの手を推す理由の一つ。

 今回の大会はかなり曲がるアイスコンディションだったと思います。そうすると右上の赤のガードが影響するかも? その赤をかわそうと思ってやや内側に投げると、1時の黄を押してナンバー1にしてしまうかも?

 というわけで、そもそもドローウェイトでナンバー2を取るラインはなかったかもしれないし、ノーリスクの選択でもない、ということのようです。

スルーしてEEに持ち込む?

 どうやってもスチールになる危険があるというのなら、いっそのことスルーさせて1点確保して、エキストラエンド(EE)の先攻で勝負する方が良かったんじゃない? わざとスルーさせるのはもったいなさ過ぎるとしても、1点しか取れない可能性を見込む作戦なら、すべてEEの勝率を考慮する必要があります。

 EE先攻で勝つにはスチールするしかありません。EEが通常よりスチールしやすいかどうかは、以下の2つの考え方があります。

  • 先攻は大量失点を恐れずスチールに専念できるからスチールしやすい。
  • 後攻は2点以上を狙うことなく1点取ることに集中してくるからスチールしにくい。

 どちらもそれなりに正しいように思えます。あと、プレッシャーのかかるラストドローは通常では考えられないようなミスもしばしば出る、という自分がカーリングを観戦してきた中での印象があります。自分の観戦体感的には、10エンド同点先攻またはEE先攻が勝つのは4回に1回くらいという感覚です。

また、仮にスルー(ストーンを関係ないところに投げて現状の配置を確保する)した場合は、イギリスは1点しか取れず同点になり、不利な先攻でエクストラエンドをプレーするため勝率は22%です。 (じりつくん)

 「じりつくん」の見解ではEE先攻の勝率は22%だそうです。実際のところはどうなんでしょう? 統計を取ってみたらおもしろいかもしれません。まあ、統計を取ってみたところで、統計的なスチールのしやすさとその試合・その場面でのスチールのしやすさは違うという話になるのかもしれませんが。

「じりつくん」推奨のショット

 人間が思いつく手はだいたいこんな感じですが、カーリング戦略AI「じりつくん」が奇想天外な手を見つけていました。

実は、この局面で「じりつくん」は衝撃的なショットを発見していました。【図10】のようにハウスの前方にあるコーナーガードを利用して、斜めからLS北見の黄色のストーンを狙うショットです。(じりつくん)
《中略》
コーナーガードに当てるショットは、当てる角度が難しいのですが、もしずれたとしてもハウス中央のLS北見の黄色ストーンに当たらないことが多く、イギリスがそのまま1点を確保できる可能性が高いショットだと言えるでしょう。「じりつくん」は、このショットを選択した場合のイギリスの勝率を50%と見積もっていました。他のショットに比べて、かなり有効なショットであると「じりつくん」は判断していたのです。

右の赤のガードに当てて角度を変えてシューターで中を狙う

 より角度をつけることで、1時の黄は出やすく、10時の赤は出にくくなるということでしょうか。また、1時の黄に薄く当てて横に押し出す手も、この角度なら可能性があるように思います。あと、ガードに当てて角度を変えてシューターで中を狙うのではなく、ガードの赤の方を中に飛ばす手の方がいいような気がします。

 しかし、このショットの難度はどうなんでしょうか? 石に当てて角度を変える手は、少しでも当たる場所がずれるとその後の進路が大きくずれます。しかも、1つ目の赤から2つ目の黄までの距離が長い。相当難しいショットに思えます。EE先攻の勝率が22%で、この手を選んだ場合の勝率が50%もあるとはとても思えません。

ミュアヘッドの選択は正しかったのか?

 結果的には、イギリスはスチールされて負けてしまったわけです。負けたのだから、ミュアヘッドの選択は正しかったのか?という疑問が出てきます。この場面での考え方は以下のようなものがあると思います。

  1. 2点取るのは簡単だから2点取りに行く。
  2. 2点取るのは難しいけど、失敗しても1点はある可能性が高いから2点取りに行く。
  3. 2点取るのは難しいし失敗してスチールになる可能性もあるけど、EEの先攻になったら厳しいから2点取りに行く。
  4. スチールになる可能性が高いから何もしないでEEに懸ける。

 4以外は2点取りに行くという選択になります。それなら当然チャレンジでしょう。ミュアヘッドの認識が1~3のどれだったのかはわかりませんが、スチールになる可能性があるとしても、自分のショットで勝てる可能性があって、それができると思ったのなら、そりゃそれを選ぶでしょう。

  あえて確率の話をすると、仮に、2点ショットが決まる可能性が30%、1点にとどまってEEに入る可能性が40%、1点スチールになって一気に負ける可能性が30%、EE先攻で勝つ確率が40%と想定すると、このショットに挑戦した場合の勝率は30% + (40% * 40%) = 46%です。この想定ではスルーした場合の勝率は40%ですから、それよりも高いことになります。EEにした方が勝率が高くなるには、スチール確率とEE先攻の勝率をかなり高く見積もらないとそうなりません。

黄のドローはわずかに短くて赤の斜め前で止まる

 そもそも、ミュアヘッドのラストストーンは、1つ前の藤澤五月のショットを受けてのものでした。藤澤のショット(ハウス内1時の黄)は赤に並ぶくらいの位置で止めるつもりでしたが、わずかに弱く、手前の黄にチップし石1個分手前で止まってしまいました。

 藤澤にとっては痛恨のミスショットでしょうが、もし、もっと手前で止まっていたらドローで2点目を置かれていたかもしれません。もっと奥まで行っていればヒットステイで簡単に2点取られていたかもしれません。そうはならずに、この位置で止まった。だからミュアヘッドはこの局面の最善策としてダブルテイクアウトを選択した。藤澤のショットがあったからこの結果が生まれまた。そして、藤澤のショットも、この試合のこれまでの両チームの158投のショットを受けて生まれたものです。

 前のショットを受けて局面ができ、ざまざま手が考えられる中、ミスする可能性も含めてその局面での最善手を選択する。そしてミスした結果も含めて次の局面ができる。それを繰り返してあの局面が生まれ、勝敗が決する。カーリングらしい場面だったと思います。

リンク集

 これまでに紹介した以外でこの件に言及した記事を集めてみました。


(コアキュゥト) Koaきゅぅと ミニカーリングベル (黄緑)