今浪隆博と飯原誉士と徳山武陽の思い出

 今年もヤクルトの戦力外通告が発表されました。

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 それぞれに思い入れのある選手ですが、特に自分が好きだった選手が今浪隆博飯原誉士、徳山武陽の3選手です。そこで、ヤクルトを退団するこの3選手の、自分の思い出のシーンなどを振り返ってみることにします。

今浪隆博の思い出

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 「一番はまず、病気と闘っていかないといけないということ。自分の状態が上がるにつれて、体に不調が出てきた。お医者さんに見てもらった結果を見ると正常だけど、僕自身、明らかに正常じゃないと感じることが多かった。そういう人間が一人いると、周りを振り回すし、迷惑をかけてしまう。いつも申し訳ないという気持ちで今年はずっとやっていた。もっと早く自分から言うべきだったとも思うけど、自分の弱さというか、それを認めたくない自分がいた」
《中略》
最後は「(牛丼チェーンの)吉野家でバイトでもします」といつもの冗談で笑わせた。 

 甲状腺機能低下症だとは聞いていましたが、今季は一軍に復帰したので良くなったのかと思ったら、すぐに抹消されたのでまだ時間がかかるのかと心配していたところでした。

藤川球児から15球粘って

 今浪らしいシーンといえば、2016年8月7日の阪神戦。5-5の同点の8回裏の先頭打者で、藤川球児から15球粘って四球を選ぶ。この試合、神宮球場の2階席から見てました。今浪はこの試合途中出場でしたが、2打数2安打1四球で3得点に絡んでサヨナラのホームも踏む大活躍でした。

「収穫の時期かなと」がスワローズ検定に?

 2015年10月16日、クライマックスシリーズ、ファイナルステージ第3戦。6回裏、菅野智之から貴重な追加点となるタイムリー。ヒーローインタビューの「そろそろ収穫の時期かな」という台詞が今浪らしい。

 個人的なことですがこのシーンの思い出が一つ。このシーンを元に第2回スワローズ検定の公募の問題を一つ作りました。問題が採用されたとは聞いているのだけど、具体的にどの問題がどの級に採用されたかは試験を受けた人しか分かりません(自分は1級しか受けていないので)。その問題がこれ。*1

問題
2015年10月16日、巨人とのCSファイナル第3戦でお立ち台に呼ばれた今浪隆博が言った言葉は?

  1. そろそろ収穫の時期かなと
  2. 気持ちいいですね。迷惑ばかりかけていたので本当にうれしいです
  3. 僕がヒーローでいいんですか?
  4. お立ち台! 2回目でーす!

「月刊丸ごとスワローズ」のインタビュー

 もう一つ、今浪と言えば「月刊丸ごとスワローズ」に載っていたインタビューが面白かった、という話を以前書きました。

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 成績的には、日本ハム時代からそこそこ出場はしているけれど、やはりピークは2015~2016年ですね。2015年は大引啓次がFAで入団して遊撃のレギュラーは安泰かと思ったらあまりにも打率が低い。そこで、今浪が攻撃型遊撃手として時々スタメン出場。.317の成績を残し優勝に貢献しました。2016年は畠山和洋が怪我で離脱したので一塁でのスタメン出場が増え、出場試合数、打席数とも最高を記録し、打率も.279。ここからが今浪の全盛期だと思っていたのにそれからわずか1年で引退とは。

飯原誉士の思い出

何度も期待を裏切っていた男が

 飯原誉士と言って思い出すのは、一番は2011年のCSの代打飯原奇跡の先制ホームランですね。飯原はこの年、打率.126、本塁打0本とまったく期待はずれに終わっていました。CSに入ってからも、ファーストステージ第3戦、村中恭平をロングリリーフさせるために、あえて6番に村中を入れて打席の回る9番に飯原を入れたのに、いざ打席が回ってくると飯原は初球を打ってどうしようもない二ゴロ。「村中9番でも同じだったね」ヤクルトファンは深いため息をついた、というシーンがありました。

 そして迎えた2011年11月3日のファイナルステージ第2戦。ヤクルト石川雅規、中日チェンの両先発が好投し、試合は0-0ののまま8回表、2死走者なし。ここでヤクルトベンチは、7回を1安打無失点と完璧に押さえ込んでいた石川雅規に代えて、代打飯原を送りました。「ここはどう考えても石川続投だろ!」ヤクルトファンは誰もが絶望しました。それがホームラン。当たりも、打った瞬間はそれほど良くは見えなかった。「お、うまくレフト線に落ちれば長打になるぞ」くらいだった。それがポール際に飛び込むホームラン。

 この2011年のCSのヤクルトは「明日なき戦い」を繰り広げていて本当に面白かった。優勝した2015年より思い入れが強いかもしれない。結局ファイナルステージ2勝4敗で敗退するのですが、素晴らしい戦いぶりでした。

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 他に飯原と言って思い浮かぶのは……。

飯原の“全国デビュー”

 2007年5月25日。この年は岩村明憲がメジャーに移籍した年で、サードの穴を埋めようと宮出隆自度会博文サードに挑戦しました。しかし、三塁守備の壁は高く、結局思い切りの良い打撃と俊足を武器に飯原がサードに定着しました。そんな売り出し中だったころにこのプレー。サヨナラのシーンだったので、当然あらゆるスポーツニュースで放送されてしまいました。

“コロコロ返球”

 2011年9月24日。中日と激しい優勝争いをしている最中にこの返球でサヨナラ負け。この年、終盤戦の直接対決で大きく負け越して、中日に逆転優勝を許します。

ライアン小川の2桁勝利がかかった試合で

 2014年10月7日。シーズン最終戦。この落球で小川泰弘はルーキーイヤーからの連続2桁勝利を逃しました。

飯原はもっとやれるはず

 どうも飯原というとこういうシーンばかり思い出してしまうね(^_^;)

  正直、飯原はもっとやれたはずだという思いが強いです。規定打席に達したことが3度ありますが、どの年もあと一歩物足りない感じがした。2010年のシーズン終盤、あるインターネットラジオで「飯原ももう一皮むけないとあかんね」と言っていたのが忘れられません。この年は15本塁打を記録して、来年こそはもう一皮むけて3割30本を狙える選手になると思っていたのに、翌年から大不調。2011年と言えば統一球(というか違反球)が導入されてあらゆる打者の打撃成績が落ち込んだ年です。飯原も統一球で大きな被害を被った一人でした。2014年は火ヤク庫打線の流れに乗って成績が回復して、ここから復活すると期待したのですが……。 現役続行する意向とのことなので、俺はまだ君を信じているぞ。

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 あと、応援歌は昔の方が飯原らしくて好きだったなー。ちょうど応援歌を変えた年から成績が落ち込んだし。

徳山武陽の思い出

 徳山武陽はいまどき珍しくワインドアップから速球を投げ込む。長身で昔の大型エースのような投手。育成からスタートして2013~2014年は先発登板が何度かあったのですが、チームが低迷している時期でいまいち勝ち星に恵まれなかった感があります。2015年はリリーフで優勝に貢献しました。

 越智大祐大隣憲司もなった黄色靱帯骨化症という国指定の難病を発症して2016年11月に手術を受けていました。今季は復帰して、9月29日の二軍戦で打者27人で完封するなど二軍では好投していました。順調に回復して来季は一軍復帰という流れだと思っていたのですが、そんなに厳しい状態なんでしょうか?

*1:ちなみに、2は2015年6月30日の大引啓次、3は2015年4月19日の上田剛史、4は2011年10月31日の森岡良介です。森岡のは引いたw